大好きな言葉たち-『大好きな本』
小説っておもしろい、と思ったのは、川上弘美がきっかけだった。
日常から少しだけずれた不思議な世界を、とても平易な言葉で紡いでいく。
やわらかく、のびやかで、すっと胸に染み込んでくる。
時折、そこには小瓶に入った毒も混ざっていて、するすると自分の中に入り込んでくるのが少しおそろしい。
彼女の小説を読むときは、リラックスした心地ではあるのだけれど、ほんのわずかな緊張感が指をしめらせる。
今、ちまちまと内職のように本の紹介を続けているけれど、そういった意味でも川上弘美は大先輩だ。
彼女がこれまで書いてきた書評や解説文がギュッと詰まった、『大好きな本』。
数ページにおさまる紹介文が立ち並び、その数、計144冊である。
書評にルールはないが、暗黙の引力というか、あるベクトルが生まれる。
その本を紹介する、という方向性だ。目的、と言ってもいいかも知れない。
それに無理に応えようとすると、紹介よりも"説明"に近い文章になってしまう。
なんだか自分の首を自分で締めにいっているきがするので、ここら辺までにしておこう。
川上弘美は、その目的をきちんと果たしつつ、でも彼女だけの言葉を綴っていく。
読み手である自分が、何を感じ、どのように心を揺り動かされたのか。
紹介される本にも興味を惹かれるけれど、それよりも、彼女がその本にどんな風に触れていったのかを感じることができて、うれしい。
書き手だけでなく、読み手としてもその手腕にうならされる。
ますます、小説の、言葉のおもしろさを見せつけられてしまった。
ご近所が紹介されました-『Pen 6/1号』
上田に越してきてから、軽井沢がぐぐぐっと近くなった。物理的な距離はもちろん、車移動が基本となったおかげで、ふらりと訪問しやすい。
家から1時間もしないうちに、涼しやかな避暑地が現れる。改めて考えてみると、本当に贅沢な話だなぁ。
軽井沢には、星のや軽井沢といったランドマークだけでなく、個性的なカフェやお店が立ち並ぶ。間もなく待望の本屋、軽井沢書店のオープンも控えている。
なんだか勢いがあるぞ、軽井沢。
今日発売の「Pen」では、この軽井沢という地の変遷と、今そこに住まうクリエイターたちの生活を紹介している。
軽井沢という土地の力を活かしながら、そこで自分だけにできることを積み重ねていくつくり手たち。
見知った人もいれば、本誌にて初めて名を知る人もたくさん。自分が、この地の”面白さ”をまだまだキャッチアップできていないことに気がつかされた。
細かいことを言い出せば、個人的には「軽井沢と北軽井沢はぜんぜん違うんだ!」と主張したいのですが、ま、野暮な突っ込みですね。
もう少し経てば、暑さが増し、涼を求めるたくさんの人でごった返す。
その前に、早くこっそりと遊びに行かないと!
Pen(ペン) 2018年 6/1 号 [クリエイターを触発する、軽井沢の森へ。]
- 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
- 発売日: 2018/05/15
- メディア: 雑誌
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異色の王道-『亜人』
今現在、とにかく続刊が待ち遠しく、発売日にはすぐにページをめくり終わってしまう漫画。
その1つは、『亜人』だと声を大にして言いたい。
突然変異なのか、突如社会に現れた「死なない人間」、亜人。物語は、不意の事故から自身が亜人だと知った主人公、永井圭の逃走劇から始まる。
待望の12巻では、人間vs亜人の攻防が最高潮に。本作におけるジョーカー、”佐藤”の大立ち回りにくらくらしてしまう。
強力なチームワークと自己犠牲を武器に彼を追い詰める自衛官チームもさることながら、「生き返ること」を活用しながら難なく人の命を刈っていく佐藤は、本当に恐ろしい。
初めは、特異な設定とそれを活かした展開にばかり目がいってしまった『亜人』。だけれども、巻を進めるうちに純粋に"熱い漫画"になってきている。
特に、それを支えているのは歌舞伎の見得のような、すこぶるかっこいい一枚絵。「来るぞ、来るぞ」というこちらの期待に、ばっちり応えてくれる手腕はさすが。
今回も、何度も胸を熱くさせられただろう。
だんだんと、反撃の準備は整ってきた。
月並みな言葉だけど、ああ本当に、目が離せない。
観光者の愉しみ-『観光ホテル旅案内』
「どこかに行こう」と思うことは多々あれど、その度に「さて、どこに行こう」と考え込んでしまう。
美味しい食べ物やら、常々訪問したいと思っていた本屋やら、いろいろポイントはあるけれど、なかなか踏ん切りがつかない。
そんな時はいつも、泊まりたい宿から目的地を逆算するようにしている。
どこに行こうと、基本的には寝る場所が必要だ。だったら、そこから決めちゃう方が早いよね、というわけだ。
宿が決まったら、その宿に近いスポットを探していく。時にはノープランで向かい、宿の人に「僕はどこに行ったらいいですかね?」なんて丸投げな問いかけをしている。
そんな僕にとって、『観光ホテル旅案内』はとってもありがたい。
いわゆる高級宿とは違うけれど、それぞれが歴史と趣を持った、なんだか愛でたくなる観光ホテルたち。
Airbnb も好きだけど、こうしたお宿に泊まると自分が"ザ・観光者"になれた心地がして、そのよそ者感を演じるのがむしろ楽しい。
酒井順子に言わせれば、それが「哀しみ」の元なのだろう。
表紙にもドーンと登場する「ホテルニューアカオ」には、数年前に訪れた。
レトロな館内を楽しみつつ、夕食時には初めてのディナーショーなるものに遭遇。女性の外国人歌手が高らかに"レディゴー"を歌い上げながら、各テーブルを練り歩く。
気がつけば、僕も満面の笑みで手を振り、握手を交わしていた。
ああ、これぞ観光ホテルの魔力。
スナフキンのように自由で気ままな旅人にも惹かれるけれど、やっぱり、浴衣を着て顔はめパネルに興じる観光者も捨てがたいのだ。
僕たちのためのサッカー-『ザ・サッカー』
昨日紹介したのは、「果てしてこれが囲碁漫画と呼べるのだろうか」という一品だった。
そうなると、今度は「果てしてこれがサッカー漫画と呼べるのだろうか」という本作をズズズッとおすすめしたくなる。
僕の周りには、サッカー好きが多い。テレビ観戦はもちろん、週末はちょっとサッカーを、なんて人もちらほらいる。
かたや自分は、サッカー選手名が呪文にしか聞こえない。この前はハーフタイムのことを休憩と呼んで、怒られた。
「なんだよ、サッカーてそんなに偉いのかよ……」と嘆く同胞たちこそ、漫画『ザ・サッカー』を手に取るべきだ。
大丈夫、この本を読むのにサッカーの知識はいらない。そして、読了後もサッカーというスポーツへの思いも特に湧き上がってこないので、安心してほしい。
サッカーや各種スポーツを題材に、大橋裕之独特の世界が紡がれていく。ひとまずギャグ漫画、と括ってしまうのが安全なのだろうけれど、どうにもその一言で片付けたくない魅力が詰まっている。
笑えて、幸せな気持ちになれて、なんだか哀しい。
頑張ることが賞賛へと繋がるスポーツを、"頑張らないこと"を体現する体現する作者が好き勝手に調理した本作。
ちょっぴりいじわるな目線のはずなのに、斜に構えたいやらしさは全くない。
汗をかきながら全力でボールを追った時とはまた異なる、爽やかな風が紙面から吹いてきます。
これも一局-『碁娘伝』
いち囲碁好きとして日々悩んでいるのは、「どうすればみんなに囲碁を面白がってもらえるんだろう」ということ。
格子状の木の板の上に、白と黒の石をパチリと置いていく。ルールを知らなければ、ナンノコッチャである。
なので、細かい遊び方はわきにうっちゃって、まずは囲碁の面白さ、エッセンスを味わって欲しい。
そんな方にはまずはこの1冊……と言えたらいいのだけれど、『碁娘伝』で果たして”囲碁らしさ”に触れられるのだろうか。きついかな。きついな、やっぱり。
作中では、玉英という名の女暗殺者が次々とターゲットを殺めていく。
彼女、碁の腕もさることながら、剣もめっぽう強い。盤上で相手を制し、バッサバッサと剣で斬り伏せ、時にはまぁ、碁石を飛ばして目潰しに、なんて離れ業も繰り出す。
玉英の独特の感性で、“シチョウ”や”アタリ”といった囲碁の手を模した技も披露してくれる。
とまぁ、かなり異色ではあるけれど、小難しい理屈は置いておいて、この活劇を正面から楽しむのが一番だ。
ちなみに、囲碁に興じていると、ついつい「死ぬ」だの「生きる」だのといった言葉が飛び交う。
「あそこ、殺せるかな」
「もう死んでる。捨てよう」
そんな物騒なワードをぶつぶつと呟きながら、盤をにらめつける。
もしかしたら、「囲碁ってのは、そんな生っちょろい遊びじゃないんだぜ!」というヒリヒリした感覚を体感するのに、この漫画は打ってつけなのかも知れない。
22世紀にも短歌はありますか-『ドラえもん短歌』
「ドラえもんの道具で何がほしいか」と問われたら、なんて答えるだろう。
"ほんやくコンニャク"やら"ビッグライト"やらいろいろあるけれど、まぁやっぱり、「どこでもドア」なのかな。我ながら、つまらない答えだなぁ。
どこでもドアのいいところは、そのシンプルさ。ドアを開けるだけで、行きたいところに、どこへでも、すぐに行けてしまう。
"ころばし屋"とか"ムードもりあげ楽団"も面白いけれど、いまいちこう、使い所を悩んでしまう。
ドラえもんをテーマに様々な短歌が収録された『ドラえもん短歌』も、やっぱりどこでもドアを題材にしたものが多い。
「いつだって 「どこでもいい」と 言う君じゃ どこでもドアは 使えないよね」
「ぼんやりと いろんな桜を 見て歩き どこでもドアで 帰る休日」
アマチュアも含めた有志の歌人たちの作品で構成された本書は、同じ素材でもそれぞれの切り口に触れることができて、ページをめくるのが楽しくなる。
ひみつ道具だけでなく、慣れ親しんだ作中のキャラクターやおなじみのシーンなど、バラエティに富んだものが多いのも嬉しいところ。
「私にも 入浴シーン あるけれど 君は突然 入ってこない」
なんて一首は、独特の滑稽さがあって好きだなぁ。
思えば、細かい作品の説明を必要とせずとも「ああ、あの場面ね」と僕たちの頭の中にビジュアルを映し出す「ドラえもん」の浸透っぷりに、改めて驚かされる。
国民的作品としての懐の深さがあるからこそ、「ドラえもんをテーマに短歌をつくろう」なんて一見突飛なアイデアも、見事に成立してしまう。
ページをぱらりぱらりとめくっていくうちに、つい自分もひょいっと参加したくなってしまう。さて、何をテーマにつくろうか。
きっと、どんな一首であっても、ドラえもんは「ふむ、君にしてはわるくない」なんて言ってくれるんじゃないかな。